リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「あら。小杉さん、もう、来てたのね。ちょうど良かったわ」
十時過ぎたから、お茶にしましょう。
いつも明子にお茶を勧める江口洋子(えぐち ようこ)が、にこにこと笑いながら、明子にそう声をかけてきた。
「大福をね、買ってきたのよ。塩大福」
「いえ。私、仕事中ですし」
「いいじゃない。少しくらい。ね。これね、昨日、赤木さんに頼まれたのよー。お茶菓子に買って来てやってくれって。ヘンな電話、いっぱいしたでしょ、赤木さん。営業の人に『電話しても出てくれない』って言ったら、小杉さんは異動が多いから、また異動しちゃったのかなあなんて言われて、焦ったみたい。そんなの冗談に決まっているのに。困った人よねえ。自分でもね、ちょっと反省したみたいよ。あの子は、ここの大福が好きみたいだから、沢山、買ってきてやってくれって。なのに、これを食べさせなかったなんて後で知られたら、私が怒られちゃうわ」
だから、食べて頂戴ね。ね。
にこにこ笑ったまま洋子はそう言って、明子の返事も待たずにお茶を淹れに給湯室へと行ってしまった。
笑っている長谷部に勧められるまま、空いている椅子に腰を下ろした明子は、記憶の中の赤木を探した。
いつも、いつも、難しい顔をしていた。
大声で話すようなこともなく、あまり笑ってくれることもなかった。
そんな赤木の顔を、明子は思い浮かべた。
長谷部と改修内容の打ち合わせをして、それから牧野から聞かされてきた現象の詳細を聞き出し、長谷部に吸い上げてもらったデータを受け取って、明子は「じゃあ、今日はこれで失礼します」と入り口で頭を下げて、事務所を出た。
二歩、三歩。
進めた歩みを止めて。
明子は天を仰いだ。
深呼吸を、一つ。
そうして、くるりと踵を返した明子は、また事務所に入る。
「すいません」
その声に、洋子が驚いたように明子を見た。
「あら。忘れ物」
「あの……、赤木さんが入院されている病院、教えてください」
洋子が嬉しそうに、眦に皺を寄せて顔を綻ばせた。
十時過ぎたから、お茶にしましょう。
いつも明子にお茶を勧める江口洋子(えぐち ようこ)が、にこにこと笑いながら、明子にそう声をかけてきた。
「大福をね、買ってきたのよ。塩大福」
「いえ。私、仕事中ですし」
「いいじゃない。少しくらい。ね。これね、昨日、赤木さんに頼まれたのよー。お茶菓子に買って来てやってくれって。ヘンな電話、いっぱいしたでしょ、赤木さん。営業の人に『電話しても出てくれない』って言ったら、小杉さんは異動が多いから、また異動しちゃったのかなあなんて言われて、焦ったみたい。そんなの冗談に決まっているのに。困った人よねえ。自分でもね、ちょっと反省したみたいよ。あの子は、ここの大福が好きみたいだから、沢山、買ってきてやってくれって。なのに、これを食べさせなかったなんて後で知られたら、私が怒られちゃうわ」
だから、食べて頂戴ね。ね。
にこにこ笑ったまま洋子はそう言って、明子の返事も待たずにお茶を淹れに給湯室へと行ってしまった。
笑っている長谷部に勧められるまま、空いている椅子に腰を下ろした明子は、記憶の中の赤木を探した。
いつも、いつも、難しい顔をしていた。
大声で話すようなこともなく、あまり笑ってくれることもなかった。
そんな赤木の顔を、明子は思い浮かべた。
長谷部と改修内容の打ち合わせをして、それから牧野から聞かされてきた現象の詳細を聞き出し、長谷部に吸い上げてもらったデータを受け取って、明子は「じゃあ、今日はこれで失礼します」と入り口で頭を下げて、事務所を出た。
二歩、三歩。
進めた歩みを止めて。
明子は天を仰いだ。
深呼吸を、一つ。
そうして、くるりと踵を返した明子は、また事務所に入る。
「すいません」
その声に、洋子が驚いたように明子を見た。
「あら。忘れ物」
「あの……、赤木さんが入院されている病院、教えてください」
洋子が嬉しそうに、眦に皺を寄せて顔を綻ばせた。