リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「してません。大丈夫ですよ。まあ、あの課長さんは、痩せろだのなんだなと口やかましいことを、嫌味タラタラで言いますが」

痩せろという言葉に反応して、くすりくすりと明子を嘲るように笑う声にあったが、それも素知らぬ顔で明子は聞き流した。
牧野は、その眉をほんのわずかだがぴくりと跳ね上げるとふんと鼻を鳴らし、渡された大福を食べながら「そんなことは言ってねえ」と明子に反論した。

「痩せろとは言ってねえだろ。そろそろ、成人病とかを気にしろよって言ったんだろ。俺もお前も、お互いな。そういうことも気にしなきゃならない年なんだからなと。これでもだな、部下の健康を気遣ってだな」
「はいはい。そうです。そのとおりです。気をつけます」

延々と続きそうな小言を吐く牧野を宥めるようにそう言って、明子は温かいお茶を、一口、飲んだ。
少しだけ、胃の不快感が楽になったような気がした。

「課長さんも、いよいよ、そんなことを気にするお年になりましたかあ」

わははははっと面白がるように牧野を笑う小林に、牧野は面白くなさそうに舌を鳴らした。

「まあ、小杉主任が、若い社員たちからおばさんと呼ばれているというなら、どう考えても、自分もおじさんと呼ばれる年だなと」
「どんなにいい男でも、年はとりますからねえ。そっかそっか、牧野課長も、若いやつらにおじさんと呼ばれる年か」

憮然とした声の牧野の言葉に、小林はくくくくっと肩を揺らす。
明子への失笑は、そんな二人のやり取りの前に消えていった。

「そうだ。小杉主任。金曜の夜、空いてますか?」

木村が唐突に、そんなことを明子に尋ねてきた。

「金曜日?」
「はい。木村を祝う会を行います」
「自分で言わない」
「えー。野口主任たちにもメールで結婚の報告したら、飲み会しよーって、今、メールがきたんですよ。金曜なら今のところ定時で帰れそうだから、どうだって」

松山の下にいる野口正志(のぐち ただし)は、川田より一つ年上の主任だ。
木村と二人で喋っていると、笹島にまで「お前たちは、吉本の漫才コンビか」と言わせるほど、計算されているとしか思えない見事なボケとツッツコのコンビネーションを見せてくれる。

「金曜かあ。二次会はムリかもなんだけど。一次会はOKです」
「そんなあーっ 小杉主任がいなかったら、誰が川田主任の飲め飲め地獄から、この僕を救ってくれるんですか」

二次会もいてくださいよ。お願いしますよ。
そう言って手を合わせる木村に、明子は堪らず笑いだした。
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