リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「じゃあ、その先生も、じっさいに子どもができたら、変わったのかもしれないですね」
「どうかしら。もともと、結婚願望自体、そんなに強くなさそうだったし。ただね、仕事柄、結婚もしていなくて、子どももいないっていうと、ときどき、生徒の親に言われるんですって。子どもがいない人に子どものことが判るのかとか、親の苦労なんて判らないでしょうとか。それがちょっと苦痛で、条件が合う人を探してもらっているんですよって、真顔で言っていたから。そこは、結婚してどう状況が変わっても、なにがあっても譲る気はないんじゃないかなあ」

木村の言葉に明子は首を捻りながら、島野からのメールが届いた携帯電話を手に取り眺めた。

「あいつか?」

明子たちの話しを黙したまま聞いていた小林が、小林にしてはやや平坦な低い声で、明子にそう尋ねてきた。

「牧野課長に伝言をと」
「なんだって?」
「頼まれたもの、実家宛に送ったって、そう伝えてくれれば判るって」
「広島の酒だろ」
「いいなあ。なにを頼んだのかなあ。ぶなのしずくかなあ。雨後の月かなあ。飲みたいなあ」
「さすが、小杉主任。広島って聞いただけで、さらりと酒の名前をあげますね。それ、辛口ですか?」
「雨後の月は辛口。ぶなのしずくは、どちらかっていうと甘いですね。牧野課長が好きなんですよ。酸味がいい感じで。あまり、このあたりの飲み屋じゃ置いてないんですけどね。新人のころ、君島さんに連れて行って貰った店のご主人が広島の人で、広島のお酒がずらりと揃ってて、そこで呑んで気に入っちゃって」
「よく覚えてんな、そんな昔のこと」
「お酒の恨みは、ぜったいに、忘れません。末代まで、祟ってやります。人の徳利を取り上げてまで、呑んだんですから。あの飲兵衛さんは」
「あはは。課長らしいな、それ」
「実家に送ったんじゃ、親父さんの酒を頼んだんじゃねえか。課長の親父さんも、すごい飲むらしいぞ」
「家族全員、よく呑むんですよね。課長のとこって」
「そうなんですね。へえ。お父さんも、お酒が好きなのかあ。なにが届くのかなあ」
「だから、人様の酒を狙うな」
「狙ってませんよ、気になってるだけですよ」

木村曰く、第二システム部の飲んべえ七人衆の一角を成す、小林と川田と明子の酒ネタに、木村は鼻に皺を寄せて嫌がった。
聞いているだけで酔いそうですと、ぼやいていた。
< 753 / 1,120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop