リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
あれはお前の女だと告げた、君島の笑う声が牧野の耳に響く。


(そうだよ。こいつは、俺の女だ)


そんな思いを抱きながら、腕の中で体を震わせ甘い吐息を零しているその存在に。
哂っている自分を牧野は感じていた。
悦んでいる自分を牧野は感じていた。


(俺のもんだ。俺の女だ。もう、どこにも逃がさない)


牧野のその顔には、欲望を孕んだ笑みが浮かんでいた。


いっそこの場で抱いてしまえと唆す自分を、焦るなと嗜める自分が押さえ込んだ。
こんな場所で、もったいねえだろと暴走しそうな自分を押さえ込んだ。


(その日が来るまで、俺だけを想って眠れ)


そんなことを考えて、そんな明子を想像するだけで、牧野は愉しくなった。
帰る車の中でも、触れて、煽って、愉しんでやろうと、意地の悪い牧野が、その胸中でほくそ笑んでいた。


なのに……。

けっきょく、最後に白旗を揚げて、降参寸前まで追い込まれていたのは牧野のほうだった。

今までの女なら。
くらんとなって。
とろんとなって。
とっくに、この腕に堕ちているはずなのに。

堕ちるどころか、反撃の狼煙を上げて、明子は牧野を手の平にのせて転がした。
牧野のその顔に張り付いていた飢えた獣の顔を象った仮面を、造作もなく簡単にはぎ取って、明子は牧野をただの食い意地の張った小僧にしてしまった。
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