リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「寝ちゃっていいですよ」

着いたら起こしますからと言う明子に、牧野は首を振った。

「いいよ。俺、人の運転だと、滅多に寝れねぇんだ」
「そうなんですか?」
「うん。なんか、ダメなんだよな」

だから、自分で運転するほうが多いのかもなと続いた牧野の言葉に「牧野さんは、妙なところで神経質なところありますもんね」と、明子は笑った。

「なんだよ、それ」
「人が大勢いるところで熟睡できるくせに、車じゃ寝れないなんて」

変ですよとクスクス笑い続けている明子に、牧野は不貞腐れたように鼻を鳴らして反論する。

「うっかり、助手席で眠っちまった隙に、どっかに連れ込まれてたら怖いだろ」
「なんですか、それ。連れ込まれるって」

女の子ですかと、思わず、吹き出し笑った明子に、牧野はバツの悪そうな顔で、学生のころに二度、三度そういうことがあったのだと、牧野は嫌そうに言い放った。

「飲んで、そこそこ酔っちまって、素面の先輩が送ってくれるっていうから車に乗って、目が覚めたらホテルだったとか」
「うきゃあ。積極的な女子が多かったんですねえ」

けらけら笑い転げている明子に、牧野はもぞもぞと何かを口ごもっていたが、明子にはよく聞き取れなかった。

「なんですか?」

明子の顔色を窺いながら、牧野は「女だけじゃねえよ」と、顔をしわくちゃにするほどに歪めて、吐き捨てるようにそう言った。

「は?」
「だから、女だけじゃねえ」

女もいたけどなと、付け足すようにそう言った牧野に、明子は一瞬その言葉を噛み砕くように考え込んで、それからケラケラと笑いだした。
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