リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
この三月まで在籍していた支援部も、基本的には、バレンタインの義理チョコ配りはなしとしていた。
ところがである。
なぜか、その日になると男女問わず全員が、チョコレート系のお菓子を持ち寄って、三時ごろになるとそれを空いている長机に並べて、皆で摘んで食べているという慣例ができていた。
義理チョコと配るというよりは、皆で集まってチョコレート菓子の品評会をしているように、楽しくチョコレート菓子を食べていた。
ホワイトデーに然り。その日になると、皆、クッキーなどの焼き菓子を中心にお菓子を持ち寄って食べていた。
部署によっていろいろあるのねえと、異動してきた年にその光景を見た明子は、妙に感心したものだった。
他の女性社員から、ウチではバレンタインにこういうことをするのよと事前に聞かされていたし、お菓子作りが得意な社員は、けっこう、手作りのお菓子を持ち込むとも聞いて、明子も思い切って自作のお菓子を持ち込んだ。
作ったものは、カカオを使った普通のマドレーヌと、カカオリキュールを染み込ませたマドレーヌ。
その二品だった。


‐これは、お酒は入ってますからね。
‐おウチで食べてくださいね。


持ち帰れるようにと、一つ一つ丁寧に包んでいき、きっちりとそう念を押したにも関わらず、支援部の≪飲んだくれトリオ≫と呼ばれている三人組は、明子のその制止の声も聞かずにガツガツと食べてしまい、挙句「こんなんじゃ、酔えん」「もっと、作ってこい」「また食わせろ」と催促してくる始末だった。
さほどお酒に強くない社員たちにも、それは意外と好評で、ホワイトデーにもリキュールをたっぷり使った菓子を作って持参した。
それ以降、その飲んだくれトリオはバレンタインなどのイベントがなくても、ときどき「あの、お酒のケーキを作ってきてくれよぉ。食べたいよぉ」と強請り、明子は仕方ないなあと言いながら、そのたび作っていった。
喜んで食べてくれる顔をみることは、思いがけず楽しくて、嬉しかった。
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