リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「あなたに、ちゃんと身の程を弁えて、美咲と牧野さんの邪魔をしないよう伝えるために、わざわざ朝から出向いて差し上げたのよ。そんなことも判らないのっ」
「はあ。そうですか。それはお疲れ様でした。お話はお伺いしましたので、お引取りください」

仕事の邪魔ですからと、抑揚の無い淡々とした声でそう言葉を返してきた明子に、母親は眉を吊り上げた。

「なんですの。その態度。あなたね、私を誰だと思って」
「井上さんのお母様ですよね。それは今、お聞きしました」

美咲の母親にそう言って、明子は美咲に向き直った。

「井上さん。ご家族の方を、許可もなく勝手に、こんなところまで入れちゃダメでしょ」
「なにを言ってるのよ。パパやお兄様だって、ここに来ているじゃない。ママが来てなにが悪い」
「あなたのお父様は会社の役員だし、お兄様は社員ですもの。ここにだって、自由に出入りできて当たり前でしょ。でも、あなたのお母様は、ただの株主でしょ。役員でもなければ社員でもないわ。そうでしょう? 株主としてこの会社を視察されたいなら、それなりの手続きをしていただかなきゃ。株主だからって、許可なく勝手にどこでも、こんなふうに自由に入ってきていいわけじゃないのよ。ちゃんと手続きはしたの?」

入館証もないようだけど。
訝しげに美咲を見る明子に、美咲は、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「牧野さんが来たら、すぐに帰るわよ」
「遅いわねえ。牧野さん、いつも、朝は早いんじゃないの?」

明子に向けていた尖った声が嘘のような甘くて丸いその声に、明子の頭痛は増していくばかりだった。
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