リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「主任。お昼食べないと、時間なくなりますよ?」

ようやく静かになった室内で、木村が心配げに明子を見ていた。
その言葉に「そうね」と答えた明子は、卵焼きを箸でつまんで食べ始めた。
昨夜の食欲はどこへやら。
目が覚めたら、さほど食欲がわかず、朝ご飯はいつもの半分ほどの量を食べてくるのが精一杯だった。
昼もここで弁当を広げ見たものの、正直、食べる気力がまったく湧いてこなかった。
けれど、このままではエネルギー不足で動けなくなるのは必須だ。
食べられるだけ食べおこうと、明子は機械的に箸を進めて、弁当箱の中身を口に放り込んだ。

ほうれん草の胡麻和えに、日曜日に作り置きしておいた切干大根と人参の炒め煮を混ぜた卵焼き。
それから、ゆず胡椒とマヨネーズをのせた鶏ささみのオーブン焼き。
彩にプチトマト二つ。
鮭と梅干しのおにぎり。
それを持ったきたのだが、どれを食べても、おいしいと感じることができなかった。
よくできていると自画自賛したいくらいなはずなのに、おいしいと思えなかった。
味覚までおかしくなってしまったのだろうかと、明子は少し不安になった。

「なんか。食いつきましたね、島野係長の話」

そんな明子をよそに、木村がぼそりとそう呟き、沼田がそうだねと頷いた。
明子は冷え切ったお茶を啜りながら「今の話、本当なの?」と、改めて聞き返した。

「僕は、小林係長から、そんな話を前に聞きましたよ。詳しくは聞いてませんけど、いくつかマンションを持ってるって」
「島野係長って、高校を卒業してすぐ両親を亡くされたそうで。そのご両親が、あちこちに土地とかマンションとか持っていたんだそうですよ。それをそっくり相続したとかって」
「へえ。すごいのねえ」

ふうんと鼻で返事をする明子に、沼田は「興味ありますか?」と、そんなことを尋ねた。

「興味?」
「島野係長の財産」
「んー。これといって、別に。そりゃね、ないよりはね、あったほうがいいけど。それに、そんなに魅力あるかって言われるとねえ。まあ、このあたりにあるマンションだと、収入ってどれくらいなるのかしらとか、税金対策はどうするのかなとか。そういう興味は確かにあるけど」

うーんと唸る明子に、沼田は笑顔を見せた。

「島野係長、言ってましたよ。俺と結婚すると、けっこうな玉の輿なのに、本気で結婚を考えた女性ほど、そういうものにはまったく興味を持ってくれなくて、どうでもいい人ばっかり、そういうのに興味を持って近づいてくるって」
「大変ねえ。お金を持ってると」

しみじみと同情前回の声でそう言う明子に、沼田は苦笑し、木村はホントですねえと笑った。
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