リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
耳鳴りがするとは言わないけれど、あの声を聞くと、頭の芯がジリジリと痺れてきそうな錯覚を覚える。
それでも、自分は仕事なのだから仕方ないと割り切れるが、川田たちにして見れば、とばっちりもいいとこだろう。
これがいつまでも続くと、こんな状況を招いたのは牧野だと、牧野への不満にも繋がりかねないと、そんなことまで明子は危惧した。
シクシクと胃が痛み出す。
これを堪えるように、明子は、一つ、息を吸って、断を下した。

「明日の午後まで、様子を見させてください」
「明日、ですか」

川田が重いため息を吐き出した。

「明日は、私は朝から土建会社の打ち合わせで、社内にはいませんから、彼女が今日みたいに騒ぐことは、ないと思うんです」

明子の言葉に、川田もそういうことかと頷いた。

「明日の午後も、今日と変わらないようなら、課長に相談します。今と変わらないなら仕事が間に合いませんから、原田さんでは無理だと、はっきり伝えます」

キリキリと、鳩尾あたりが針でも飲み込んだように痛んだ。
こんなふうに、後輩を切り捨てることになるかもしれないなどという事態は、明子にとっては初めてのことで、息が苦しくなってくるようだった。
明子の言葉に、川田はやや驚きの色を浮かべたが、判りましたと頷いた。

「すいません。ホントは、協力すべきなんでしょうけど。どうも、苦手で。あの連中は」

やや安堵が混じるため息とともに、川田はそう明子に言うと、何事もなかったように仕事を始めた。
岡島あたりからも、少しだけ、安心したようなため息が零れた。
明日までの辛抱。
自分に、そう言い聞かせているようだった。
突然、木村が大きく一つ伸びをして、ふわぁーと欠伸をする。

「お腹いっぱいで、眠ー」

間伸びした声でそう言う木村に、子どもかよと、隣の渡辺がそう突っ込んで笑った。
暗くなりかけていた回りの雰囲気を、そののんきな欠伸で木村は吹き払った。
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