リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「へえ。女だてらに、」

冷やかすような坂下の声を、明子のよく通る声が遮った。

「ただし。林田派じゃないわ。私はね」

牧野派よ。
きっぱりと言う明子に、坂下は一瞬、言葉を詰まらせた。
川田の表情も、戸惑いに変わっていく。
坂下はすぐに気を取り直して、すぐに「そんな派閥が、あるかよ」と言い返した。

「そうね。今はないかもしれない。でも、すぐできるわよ」
「はあ?! 何バカなこと言ってんだよ」
「バカなことじゃないわよ。ね。井上さんも、そう思うでしょ」

牧野の名前を出した明子を詰ろうと開きかけた口を、美咲は戸惑ったようにまた閉じた。

「牧野さんなら、すぐにこの会社で重要はポスト任される人に、なると思うでしょ」
「あ、当たり前じゃない」
「なら、坂下くんに言ってあげて。どうやら彼は、そんなことあるはずないって、思ってるみたいだから」

美咲はどうすればいいのか判らないという顔つきで、明子と坂下を何度も交互に見て、口を開いた。

「牧野さんは、優秀な方よ。そんなことは坂下さんだって知ってるはずよ」

誰だって知ってるわよ。
明子への言葉なのか、坂下への言葉なのか、判断しがたいそんな言葉を告げて、美咲はぷんと顔を背けると立ち上がって部屋を出ていった。
よく判らないけれど、自分が明子の思惑通りに動いてしまったことには気づいたらしい。
出て行くときのその顔は、ややふてくされたような顔だった。
香里と沙紀が慌てた様子でその後を追っていった。
また、ドンっと、坂下が机を蹴る音がした。
ようやく振り返った明子の目に、面白くなさそうに顔を歪めた坂下が、席を立って部屋を出ていこうとしている姿が映った。
新藤も忌々しそうに明子を睨み、その後に続いた。
腰を上げ掛けた幸恵を、沼田の声が引き留めていた。

「小杉主任」

かっけー。
木村の心底感服したというような声が、日常を呼び戻した。
明子は目を細めと、木村に対して、うふふと楽しそうに笑って見せた。

「僕も入ってみたいです。それ」
「入団テストは、君島さんとの飲み比べと、小林さんとのキャッチボールだからね」

うひゃー。ハードル高ー。
飲み比べができませんよとおどけた声で言って、頭を抱える仕草をする木村に、毒気を抜かれた顔つきになった川田たちも笑い出した。
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