リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
定時を過ぎたころ。
牧野からの電話を受けた小林から、牧野は今日は直帰になることと、明日も朝から客先に直行になることが伝えられた。
会社で聞いたから、その言葉に判りましたと、明子も事務的に頷いた。
でも、一人の部屋で、その事実を思い出したら、気分が瞬く間に沈んでいった。


(会いたい)
(会えないなら、声だけでも聴きたい)


昼間はどこかにひっそりと隠れていたそんな思いが、涙になって溢れ出しそうだった。
恋をしたての女子高生かと、自分にツッコンで笑おうしたが、無駄だった。
会いたいと、声を聴きたいと思う気持ちが止まらなかった。
けれど、きっと、まだ、牧野は仕事をしている。
そう思うと、電話をかけることなど明子にはできなかった。
メールすら、躊躇って指が動かない。

素直に。
寂しいを。
会いたいを。
声が聞きたいを。

口に出せない自分が、こういうときはたまらなくイヤになる。

頑固者。
ひねくれん坊。
天の邪鬼。

そう自分を罵っても、素直になれない自分にため息が出る。


鼻をすんと鳴らして、今夜の予定を明子は無理ずくで指折り上げた。


(まずは、部屋着に着替えて。それから、お風呂の用意して。そして、ご飯を作る)
(よし)
(ご飯食べたら、お風呂入って、運動しながらテレビを見る)
(うん)
(それで決定)
(動け、あたし)
(牧野さんには、明日、会える)


明子は自分にそう言い聞かせ、よし、動けと気合を入れた。
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