リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
明子が中学生になって間もないころの出来事だった。

珍しく、家族全員で買い物に出かけて、姉は服を買ってと両親に強請った。
母親を付き添わせた姉が、あちらこちらと母親を引っ張り回して服を選んでいる間、明子も見るともなしに服売り場を歩いては、なんとなく服を手に取り眺めていた。
明子の目が、あるペチコートに止まった。
その当時、スカートとペチコートを重ねて履くようなスタイルが流行っていた。
姉が普段選ぶようなものに比べれば、随分と地味なデザインのものだったが、裾を縁取るレースが華美になり過ぎず、それが妙に気に入った。
「そんなの、買うのか?」
背後から、突然、父親がそう声をかけてきた。長い買い物に付き合わされて、辟易している。そんな不機嫌さがありありと出ているような声だった。
「そんなの、お姉ちゃんがいっぱい持ってるだろ。借りればいいじゃないか」
うんざりとしたため息混じりの声で、父親は明子にそう言った。
「お姉ちゃんならともかく、お前にそんなの似合うわけないだろう」
ぞんざいなその言い方に、明子は俯いた。


なんで?
そんな言い方するの?
お姉ちゃんならよくて、あたしはなんでダメ?


何も言わない明子に興味など無くしたように「煙草、吸ってるから」と言い捨てて、苛立ったような足取りで父親は喫煙コーナーへと歩いていった。
そんな父親のことなど無視するように、明子は母親の元へと歩いていった。
「お母さん。これ」
買って。そう続くはずだった言葉は姉に遮られた。
明子が手にしていたそれに、姉は目を輝かせて、当然のように奪い取った。
「そう。こういうのが欲しかったの」
コレ買って。甘えた声でそう告げる姉に、母親もはいはいと甘い声で頷いた。やっと決まった。そんな安堵感を込めた息を吐きながら。
「明子ったら。自分の服を探さないで、お姉ちゃんの服を探していたの?」
変な子ね。少しだけ呆れているような色を含ませながら、母親までもが当然のように、明子が探したそれを姉のものだと決めつけた。
楽しそうにレジへと向かう二人の後ろ姿に、明子は何も言えなかった。
ただ、きつく。
手を握り締めるしかなかった。
< 97 / 1,120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop