リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
もう一つの添付資料は、今回の改修作業に関して必要な豆知識みたいものだった。

どう頑張っても、テストにすら立ち会ったことのない、全く予備知識のないシステムの概要を、今から全て頭に叩き込むなど無理だった。
自社開発のシステムについては、明子とてそこそこに知識はあるが、この土建会社で運用されているシステムは、プロトタイプのシステムに、かなり独自のカスタマイズがされていると聞いたことがある。
かといって、客先に大量の資料を持ち込んで、それを引っ掻き回しながら客と打ち合わせをするなどという無様なこともできない。
君島に代わって打ち合わせに参加するとなる以上、例え、その内容が理解できずにいたとしても、判っていますという顔でハッタリをかますくらいの芸当は、してみせなければならない。
入社したての新人社員ならともかく、明子くらいの中堅どころになれば、判りません、知りませんは許されなかった。

それを見越して、牧野がまとめてくれたものなのだろう。
システムの核となる部分だけを抜粋したシステムフローが大雑把に描かれ、そのフロチャート図を使って、今回はどの工程にどんな改修をしようとしているのか、それが簡潔にまとめられた言葉で説明されていた。

それに合わせて、今回この改修作業の依頼が舞い込んできた経緯が説明されていた。


-元々は、前回の改修時に既に上げられていた要望だったこと
-それが社長の反対により、前回は見送ることになってしまったこと
-現場からの声で、改修の必要性が認められたものの、常務と常務で意見に相違点が多く、難航していること


そんなことが諸々と、その資料にはまとめられていた。


(この資料を、あれから、作ってくれていたのね)


メールが届いた直後、さらっと眺めた資料に舌を巻きつつ感謝したが、改めてじっくり目を通して、明子は感嘆の息をこぼすしかなかった。

この案件自体、牧野の受け持ちではない。
君島からある程度のことは聞いていたのかもしれないが、それでも聞いていることなど限られているだろう。
今日も、多少は話ができたのかもしれないが、
それでも、わずかな時間で聞きだせる情報に進捗状況くらいだろう。

今回、明子に白羽の矢が立った経緯は判らない。
けれど、いきなりやっかいな仕事を振られた部下のためにと、ここまでがっつりサポートされては、明子としても気合い入れて挑むしかなかった。


(認めたくはないんだけどさあ)
(上司としてはと言うか、仕事仲間としては、確かにね、できた人なのよねえ)
(仕事だけは、ホントに仕事だけは、最高にできる人なんだよね、牧野さんって、昔っから)
(まあ、仕事以外はいろいろとね、頭抱えたくなるような難が、ごろごろある人なんだけどね)


牧野をほめたり貶したりしながら、明子が一通り資料に目を通したときには、すっかり夜になっていた。
< 96 / 1,120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop