高天原異聞 ~女神の言伝~
そして、彼は自分の運命と出逢う。
門を開けて出てきた、美しい女神。
目合《まぐわ》った瞬間に、心を奪われた。
建速須佐之男命の娘――須勢理比売だ。
触れた白い手に離れて欲しくなくて、自らも手を伸ばし指を絡めた。
愛しさで、胸が高鳴る。
飢えた者が水を求めるように、己貴は激しい衝動に突き動かされた。
この、女神が欲しい。今すぐ。
今までに感じたことのない強い欲望に、己貴は抗わなかった。
部屋に入るなり、須勢理比売にくちづける。
触れた瞬間の激しい歓喜を、魂の震えを、自分はきっと忘れることなどないだろう。
それまでの全てをかき消すほどの高ぶりを、己貴は喜んで受け入れた。
性急に求める自分に抗わぬ須勢理比売をただただ貪る。
飽くことなく交合い、何度のぼりつめても足りなかった。
今ようやく、自分は生きていると感じることができる。
ここが、自分の世界なのだ。
彼女こそが、自分の対なのだ。
我を忘れたように交合い続け、疲れ果て、意識を失っても、己貴は須勢理比売を放さなかった。
腕の中の愛しい者が僅かに身動いで、己貴ははっと目を覚ました。
視線を落とすと、須勢理比売が縋り付くように身をすり寄せていた。
抱きしめ返すと、甘い香りがした。
己貴の動きに、須勢理比売も目を覚ます。
目合うと、ほんのりと頬を染め、恥ずかしげに目を逸らした。
幸福感に、胸が痛む。
きっと今、自分は八上比売の部屋から戻ったあの時の兄と同じ顔をしているに違いない。
そうして、妻問いをしていないことに今更ながら気づいた。
身を起こし、何事かと自身も身を起こし、こちらを見つめる須勢理比売の手を取る。
「須勢理比売、私の妻になってください」
慌てて告げると、須勢理比売は、一瞬きょとんとした顔をして、それから、ほころぶように咲った。
「はい、己貴様」
美しい声音が美しい言霊で受け入れてくれる。
満たされていた。
全てが。
それが永久に続くと、信じていた。