高天原異聞 ~女神の言伝~

 己貴は身重の須勢理比売をおいて、妻覓《つまま》ぎに往った。
 今までの拒絶から手の平を返したような態度を、国津神々は訝しんだが、それでも喜んで受け入れた。
 大国主に己の娘を嫁がせることで手に入る権力を夢想していたのだ。
 己貴の本当の目的も知らずに。
 己貴は往く先々で差し出される女神を残らず娶った。
 ただ一夜の交合いで、たくさんの女神を妻とした。
 そのたくさんの女神の命を縁で結び、呪詛の紋様を織り交ぜる。
 命を孕む女神の神気が、神威が、ただ独りの女神へと流れ込むように。
 あらかたの国津神の娘を娶り、呪詛を創り上げると、己貴は須勢理比売の許へ帰った。
 たくさんの女神から少しずつ奪い取った命は、須勢理比売へと繋ぎ合わせなければ呪として完成しない。
 須勢理比売の容が見たかった。
 愛しいただ独りの女神。
 彼女がいないのなら、この世には何の喜びも愛しさも感じることは出来ない。
 だからこそ、早くその愛しい身体を抱きしめ、交合いたい。
 禁厭によって、己貴の身体も神霊も蝕まれていた。
 だが、帰ってきた己貴を、当然の如く須勢理比売は優しく迎え入れることは出来なかった。

「他の女に触れた手で、我に触れるな!」

 泣いて拒む女神。
 誰よりも愛しい女。
 拒まないで欲しい。
 全ては、そなたと私のため。
 産み月近くなり、以前と違ってふくよかになっていても、変わらず須勢理比売は美しかった。
 その身籠もった姿にさえ、欲望を抑えることが出来ない。
 背を向ける須勢理比売を後ろから抱きしめる。

「須勢理、須勢理。許してくれ。そなたと豊葦原のためなのだ。私が愛するのは唯独り、そなただけなのだ。私を信じろ。言霊に誓う。全てはそなたを愛するが故なのだ」

 何度も何度も、己貴は言霊を繰り返した。
 この心を切り開いて見せられるものなら、きっとそうしたことだろう。

「貴方様は……ずるい」

 泣いて責めても、そのような言霊を告げられたなら女神は拒みきれない。
 須勢理比売は強く抱きしめる己貴に身を委ねた。
 抗うのを止めた須勢理比売を、己貴はその場に押し倒した。
 着物を脱がせる間も惜しかった。
 襟元を引き離し、柔らかな胸元を手で愛撫する。
 裳裾をたくし上げ、求めていた秘所に後ろから一息に身を沈める。
 熱く自分を締めつける内部に歓喜と共に身を震わせる。
 飢えたように、交合う。
 これだ。
 この女神だ。
 欲しいものも、奪いたいものも、ただ一つ。
 この命のみ。

「ああ……須勢理、須勢理……そなたが愛しくて堪らぬ……」

「……己、貴、様ぁ……っ!!」

 交合いの激しさに、須勢理比売は途中で意識を失った。
 だが、己貴は須勢理比売を求め続けた。
 意識のない須勢理比売との交合いを続けながら、呪を描く。
 誰にも気づかれぬ、禁厭の紋様を。
 己貴の神気が揺らめき、神威が満ちる。
 女神達から奪った命を、須勢理比売へと縒り合わせる。
 愛しい女を死なせないために、他の女を犠牲にする。
 それほどに、この女神は自分の全てなのだ。

「須勢理……私には、そなたがいればいいのだ。そなたの願いが、私の願い。だから、私を見捨てないでくれ……」








< 225 / 399 >

この作品をシェア

pagetop