高天原異聞 ~女神の言伝~

 神気が揺らめき、神威が満ちる。
 事代主が次々と神威を込めた矢を番え、放つ。
 身を交わす宇受売の剣がそれらを悉く薙ぎ払う。
 合間に建御名方が斬りかかる。
 息をつく暇もない。
 しかし、宇受売は片方の剣で生大刀を交わし、もう片方で生弓矢を交わす。
 その所作は恐ろしいほど素早く、目を奪うほど優雅に動く。
 さながら、舞うが如きに。
 美しき巫女神は、兄弟神を相手にしても何ら臆することなく剣を交える。

「久久能智、石楠、下がっていろ」

 神々の勝負を見上げる建速が、振り返らずに言う。
 傍らの葺根が、不安げに虚空で戦う宇受売を見ている。

「建速様、宇受売に国津神を二柱も相手にせよとは、少々……」

「案ずるな」

 建速が不敵に笑う。

「常に随伴神の先陣をきるのが宇受売なのは、あやつが一番強いからだ」

 神気が流星のように煌めき、流れる。
 宇受売の動きに翻弄され、建御名方の息が上がる。
 事代主の弓も、神威を込めているのに容易く弾かれ、かすりもしない。

「兄上!?」

 事代主の叫びに、建御名方は宇受売の剣に気づく。
 宇受売の攻撃を交わした建御名方が、事代主の傍らに、跳びすさる。

「――」

 宇受売が狙い澄ましたように、両者の懐まで跳び込む。

「!?」

 建御名方の生大刀が事代主を庇い、自分達に振り下ろされた宇受売の剣を両方受け止める。
 そのまま、剣を左から右へと払い、同時に宇受売をも引き離そうとした。
 宇受売はその動きに逆らわなかった。
 剣を手放す。
 そのまま、くるりと回転しながら建御名方と事代主の頭上を跳び越え、背後に回り、兄弟神の首を押さえ込んだ。

「建御名方!! 事代!!」

 須勢理比売の悲鳴にも似た叫びが空気を震わせる。
 兄弟神の手から生大刀と生弓矢が落ちる。

 宇受売の神威が放たれる。

「!?」

 引きずり出されるような感覚が兄弟神を襲う。
 錯覚ではない。
 実際に、天之宇受売の放った神威は憑坐から神霊を引き離そうとしていた。
 二柱の神は己の持てる神威の全てで抵抗した。
 神気が揺らめく。
 神威がぶつかり合い、捩れ、弾ける。
 だが、抵抗する兄弟神よりも、宇受売は強かった。
 宇受売の神威が、兄弟神の神威を押し退け、神霊を捕まえた。

「うああぁぁぁぁぁ――――――!!」

 兄神の抵抗が、叫びと共に大気を震わす。

「建御名方!? 事代主!!」

 宇受売が両手に神霊を捕まえたまま手を引く。
 輝くばかりの美しい神霊が、憑坐の身体から抜き取られた。
 抜け殻となった憑坐の身体が、ゆっくりと地に足を着ける。
 そのまま、憑坐の人間が倒れる。
 兄弟神の神霊も、抗うことなく、宇受売の神威によって陽炎のように揺らめき、そこに在る。

 勝負はついた。

 神霊は宇受売の神威により憑坐から祓われ、戻ることが叶わない。
 頼りなげに揺らめく神気と陽炎のような姿が辛うじて残るのみ。
 宇受売が神霊を封じる言霊を唱えた。
 事代主の神霊が、一層頼りなげに揺らめき。
 消え去る前に、一度だけ愛しげに須勢理比売を見た。
 唇が動いたが、どんな言霊を発したのかは、須勢理比売にはついぞわからなかった。





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