高天原異聞 ~女神の言伝~

 温かな神威。

 頭に、そんな言葉が閃いた。
 わけもわからない愛しさに胸がつまる。
 だが、不意に、その厳かな霊威は途絶えた。
 
「美咲さん、虹だ」

「え――?」

 水銀灯の明かりの下、霧散した球体の名残が、完全ではない虹を浮かび上がらせていた。
 だが、やがてそれも消える。
 あとには、現実が戻ってきた。

 水は、ただの水だった。
 立ち込める塩素の臭い。
 静まり返ったプールの縁に佇む二人は、先ほどまで水の中にいたというのに、露ほども濡れていなかった。
 今までの出来事など、まるで夢のように。
 水と風。
 それが自分達を助けてくれた。
 あの黒い水の正体がなんなのかはわからなかったが、何かに護られている事は確信できた。
 一番わからないのは、なぜそうされるのかということだ。
 一体何が自分の周りで起こっているのだろう。
 ここで働き出してから、本当に、いろいろなことが起こっている。
 美咲には、何か大切なことを忘れているもどかしさだけが残った。




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