One Night Lovers
 行き場がなくなって引っ込めようとした手を、突然ケイゴが掴む。いかにも便乗したという感じで、トシユキと同じようにわざとらしく数回腕を振る。

 だが、すぐには離してくれない。眼鏡の奥の目が悪戯っぽく揺れた。


「ホントは一発くらい殴ってやりたいんじゃない?」


 ケイゴは不敵な笑みを浮かべていた。

 握った手から伝染したのか私も不敵に笑いたくなる。


「うん。もしもう一度会うことがあったら、思いっ切りグーでパンチかましてやりたいね」

「ルリのパンチ、めちゃくちゃ痛そう。俺、カジケンの情けない顔、見てみたくなった」


 向かい側でケイゴは爽快な笑顔を見せた。

 急に私の気持ちがふわりと舞い上がる。たぶんどんな慰めの言葉よりも、今のケイゴの言葉が私の心に効いたと思う。


「ちょっとぉ、いつまで手繋いでるのぉ?」


 ネネが割り込んできたので、どちらからともなく手が離れる。

 ケイゴの手は大きくて少し骨ばっているが肌は滑らかだった。手のひらから急速にケイゴの体温が失われて、それが少し寂しかった。

 それを契機にトシユキの失恋話に話題が移り、ホッとしたところで喉がカラカラなことに気がついた。

 グラスを空けて次は何を頼もうかとメニュー表を手に取る。

 アルコールが回ってきたのか急に思考能力が低下し、春に失恋したトシユキの話が遠くで鳴るBGMのようだった。


「何頼むか決まった?」


 ハッとして顔を上げるとケイゴが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。仕切られたボックス内にはケイゴと私しかいない。
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