天使のような笑顔で
「いませんよ」


ふいに、彼女が口を開いた。

そのソプラノが、気まずい空気を断ち切ってくれて。


「彼氏は、いませんよ」


もう一度、響く声。

さっきよりも優しい笑顔が、真っ直ぐ俺に向けられる。


「……そっか」


それだけ言うのが、精一杯だった。

訊いてどうするって決めてたわけじゃないから、その後が続かない。


こんな事を訊いてくる俺を…彼女はどう思っただろうか?


そう、心配していた時だった。


「私…お父さんの仕事の関係で、小さい頃から転校が多いんです」


視線を教科書に移し、ゆっくりと彼女は話し始めた。


「長くても2・3年。早いと半年で次の場所に行くんです。だから…友達ができても、すぐにさよならしなくちゃいけなくて。ましてや、彼氏なんて…できるわけないですよね」


そう言って顔を挙げた彼女の笑顔は、天使じゃなかった。


悲しそうな、淋しそうな。

それでいて、現実をちゃんと受け入れようとする強さのある笑顔。


少し、胸が痛んだ。
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