飼い犬に手を噛まれまして


「失礼しまーす」


 制作部デザイン課の広いフロアーに入り、郡司先輩のデスクを目指す。『外出中』の札が立てられ、綺麗に整頓されたデスクを見て、ちょっと残念だった。

 いないんだ……先輩。


 デザイン課は、庶務と違って制服もなく皆私服だ。外出することが多いのでフットワークを軽くするためにそれぞれ自由な服装をしている。

 男性社員は半分くらいはスーツだけど、女子社員もオシャレで華やかな人が多い。制服で髪を一本縛りにしている私は、このフロアーに来るとなんかちょっと惨めだ。



「紅巴(くれは)!」


 自分の名前を呼ばれて振り返る。

「和香」


 そこにいたのは私の同期で、今年からデザイン課に移動になった子だ。行動力があって、決断力があって、おまけにスタイルがよくて美人だ。


「元気? やっぱその制服可愛いよね。毎日私服だと、朝悩んじゃうし、お金かかるし、良いことないよ」


 あははと笑った和香は、文句無しの綺麗な笑顔を作る。やっぱり、余裕があった。



「ところで紅巴さ、今夜ヒマ? デザイン課で飲みに行くんだけど、人数集まらなくて女子が私一人になっちゃったの」


 和香は、「ここのところ、皆忙しくてさ」と声を潜めた。


「紅巴、来れないかな? ね、お願い! このままだと飲み会なくなっちゃうかもしれないし、私最近遊んでないから楽しみにしていたんだよねー、お願い!」



 和香に必死にお願いされて、私は渋々頷いた。


「うん、いいけど……私でいいの?」


「全然、大丈夫! ありがとう!」



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