飼い犬に手を噛まれまして

 頭の中が真っ白だ。

 今、ここが大会議室でこれから何十人もの社員が集まってくる……

 正気に戻れるかな?

「やっぱり、キスだけ……」


 と、言って平然とした顔で私の唇を奪い「さ、仕事、仕事」と素に戻る郡司先輩を恨めしく思ったりもする。

 む、無理です!

 こんなとこでキス?


 私は好きになってもいいんですか?


 先輩が好きだと言ってもいいんですか?


─────ガタン



 会議室の入り口で物音がした。

 先輩との短い浅瀬を、今一番見られたくない人に目撃された。




「和香っ!」



 和香は持っていた資料を床に落とし、首を左右に大きく振ると大会議室の外へ駆け出した。



「待って! 和香!」



 和香を追いかけようとした私の腕を先輩が掴む。



「追いかけなくていい」


「でも……でも和香は」



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