女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~


 周囲を見回して地下の男性社員の姿がないことを確認してから、彼女は小声でそう言った。小川さん綺麗だしさ~と語尾を伸ばしてケラケラ笑う彼女の前で、私は手をぶんぶんと振ってキッパリ否定する。

「ない、ないない。絶対ない。あの男はもうない。こりごりだもん」

 これだけは何百回「ない」って言っても足りないわ。そんな気持ちで顔を歪めて言うと、友川さんは瞳を輝かせて身を乗り出した。

「え、え、何があったんですか?そういえば破局の原因聞いてないかも~」

「破局の原因?ああ、それはまあ普通に性格の不一致ってことで。だけどほら、積もり積もった不満ってものがあるの、判るでしょ?」

 私の言葉に友川さんはぽかんとした顔をする。・・・判らないか。くそ、若いんだな、この子。いいのいいの、きっとあなたは幸せな恋愛しか経験がないのよね。それはそれで素晴らしいけどさ。

 私は気にしないで、と無愛想に言ってから、そんなことより、と声を低くして顔を近づけた。

「小林部長って、食品の?」

 今大事なのはそれだ、それ。

「あ、はい、そうです。昨日の朝礼出てましたっけ、小川さん?前で喋ってたおっちゃんです。うちの百貨店の食料品の最高責任者ですよ~」

 小柄な、白髪の男性を思い浮かべる。丸っこい体に似合わない鋭い目つきをしている人だった。そのアンバランスな雰囲気で記憶に残っている。そうなのか、あの人が小林部長。50代くらいとは思ってたけど、娘さんがいるのね・・・。


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