女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~


 息が乱れていたし、不快だった。私はトイレに駆け込んで吐き出したい気持ちを抑えて、出来るだけ無表情を作る。苦しんでるところなんかこの男に見せたくなかった。

 斎の唇から流れた血が自分の唇に付いてるのを舌で舐め取って、顔を歪めてせせら笑ってやった。

「・・・こっちのセリフでしょうが。何のつもりよ、朝っぱらから。婦女暴行で訴えるわよ」

 壁に背をついた状態で呼吸を整える。斎はこぶしで口元をぬぐって無意識に髪型を直した。

「仲直りに来たんだ」

「あん?」

 ちゃんと聞こえていたけれど、その驚きの言葉は是非聞かなかったことにしてしまいたかった。・・・仲直り、だと?この後に及んで何を今更・・・。本当のバカ野郎だ、この男。

 呆然としたが為に怒りが薄れてしまった私を暗がりから見て、斎がぼそっと言う。

「・・・・お前、まだ怒ってるのか」

「は?」

「あの夜、お前に言った言葉に怒ってるんだろ?だから色々嫌がらせをしてくるんだろ?」

 ・・・・あの夜。5月の夜の、こいつが吐き捨てたあの暴言。――――――――何を今更。

 私は目をくるんとまわして見せた。

「・・・・あのねえ、あんたにムカついてることなんて星の数ほどあって、何から言ったらいいのか判らないくらいよ。自分でも本当、よく我慢してたと思ってるくらい」

「・・・」

「だけどそれをなかったことにする為にいきなり朝っぱらから元カノに襲い掛かるなんて、あんた頭大丈夫?」


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