僕の女神、君の枷~幸せって何だろう?
県立とはいえ、母は、僕を高校まで行かせてくれた。
なんでも、「孝幸が望むなら大学まで行かせてやりたい、俺は学がなくて苦労したから」というのが、蒸発した父の口癖だったのだそうだ。
二人は、中学を出てすぐ、仙台の農産物加工場に集団就職して、そこで出会ったと聞いていたから、父がそう言ったのは本当かもしれない。
父がいつか帰ってくると信じているお袋は、彼の言葉を忠実に守って、自分がどんなに無理をしても、僕に学業を続けさせてくれた。
たとえそれが二人の希望だったとしても、僕はもうこれ以上、母に無理をさせるわけにはいかなかった。
だから、奨学金を借りて、二年制の専門学校へ進学することに決めたのだ。
勉強をしたいというよりは、手に職をつけて、安定した職につきたかった。
学費が二年分ですみ、大学より授業料も安いというのも魅力だった。
コンピュータ関係の技術を身につけたいと思ったのも、僕なりに考えて、時代を先取りしたつもりだったのだ。