真実の永眠
48話 恋歌
 四月になった。
 あれから優人とは、特に進展もないまま。進展どころか、メールの返事が来ない時もある。尤も、それは優人の多忙故である。また、疲労もあるのだろう。
 寂しくないと言えば嘘になるけれど、彼から予めその報告を受けていた。
 以前より実習も増え、バイトも忙しくなるからメールの返事が出来ない事もある、と。
 優人と同じ短大に通う友人がいるのだが、それは本当らしい。実習の為に地元に戻ったりする事もあるのだそうだ。
 勿論、優人の言葉を疑い、わざわざ友人に確かめた訳ではない。近況報告を聞く上で、嫌でも情報を得てしまうのだ。
 昨年の今頃、優人からメールの返事が来ない事があったが、今年は理由が昨年とは異なっているし、きちんと報告を受けた事もあって、それ程悲しい気持ちにはならなかった。何より、メールをした時の文面に、素っ気なさを感じなかった。
 勿論、昨年より悲しさを感じないのであって、寂しさを感じる事に変わりはなかったけれども。
 私は溜息をついた。
 今日は休日で、ベッドに寝転がって晴れ渡る青空をぼんやりと眺めていた。
 退屈さを感じると、時折音楽を聴いたり。
 暖かく気持ちの良い気候に、眠気を誘われ、そして仮眠をとる。
 こんな平和な一日を過ごしても、心が満たされる事はなかった。
 優人の事を考えると、今また、涙が出そうになる。
 多忙である事は承知だ。私の雑談メールに毎回付き合える程暇ではないだろう。思い返せば、優人は多忙な時期以外(昨年の今頃は例外として)、いつも返事をくれていた。彼からのメールはないにしても、用件のないメールに、三年の間いつも返事をくれていた。それもすぐに。
 それを思うと、こんな現実、別に悲観する程のものではない。だって、きっとこれが普通なんだ。今までが特別だっただけで。
 ――頭では解っているのだけれど、やはり、寂しくなる。
 優人を応援する気持ちは嘘ではない。実習ではしっかり頑張って、それが終わればゆっくり休んで欲しい。
 けれど……寂しく思うという事は、メールの返事が欲しいと願っている証拠でもある。優人を気遣っている事も、結局“フリ”なのではないだろうか。もしもそうであるなら、私は何て最低なんだろう。
 私は結局、何かを求めてしまっているんだ。自分勝手で、利己的な願いなのではないだろうか。与えたいと思っている事も嘘ではない。優人の幸せを願って大切に想う気持ちは、嘘じゃない。真実だ。
 けれど私は、願ってしまっている。
 優人に、愛されたい、と――……。
 彼の幸せに、彼の未来に、私がいて欲しい。
 愛し、愛されたいのだと。
 それは彼の望む幸せとは、大きく懸け離れているかも知れないのに。もしかしたら私など、いらないと思われているかも知れないのに――……。
 深く溜息をついて、それ以上思考する事を放棄した。
 疲れた。また少し、眠ろう。













 四月も半ば。
 私はSNSで知り合ったなぎさと、会う事になった。
 午前十一時に、市内の駅で待ち合わせ。
 メールのやり取りは頻繁にしていたが、会うのは初めてだから、何だかドキドキした。手紙のやり取りもし、プリクラ交換もしたので、ある程度互いに顔を知ってはいたけれど。
 私が先に駅に到着した。
 やはり都会だけあって、人が多い。今日は日曜だから、特にそうなのだろう。見渡す限り、人、人、人。そして、建物、建物、建物。
 やっぱり駅もおっきいんだなー……なんて思わず見上げてしまう。田舎者丸出しだけれど気にしない。
 さて、どうしようか。
 こんなに人間が溢れ返っていると、なぎさと無事合流出来るかどうか不安になる。
「!」
 メールの受信音。なぎさだろう。
<ごめんね、もう少ししたら着くから!>
 と書かれたメールが届く。
 簡単に返事をし、私は待ち時間、ウインドウショッピングを楽しむ事にした。
 色んなお店がある。
 私はショーウインドウの前で立ち止まる。マネキンが着ている服が、凄く素敵だった。
 清楚で上品な、“大人の女性”を感じさせる服装。もう少し大人になったら、あんな服装が似合う女性になりたいな、なんて思った。
 服に魅入っていると、またメールの受信音が鳴った。
 どうやらなぎさは、到着したようだ。
 辺りをキョロキョロとするけれど、どれがなぎさなのか解らない。というか、みんな同じ顔に見える。この人の多さじゃ、プリクラなんて何の役にも立たないんだなと思った。
 またなぎさからのメール。
 なぎさは青い服を着ているという。あと、背も凄く低いのだそう。
 こちらも近くに階段と噴水がある事を伝える。それに加え、今日自分が着ている服装や服の色など。
 ここで私が動くと逆に面倒になりそうだから動かず待っていると、前方に、なぎさの言う特徴を全て兼ね備えた子が、ウロウロしている。
「……」
 ボーっとその子を眺める。
 あれかな……?
 私は目を細めた。
 確信が持てないので暫く様子を見ていると、ちょこちょこと左右に行き来している。
 なぎさからまたメールを受信したけれど、これ以上は面倒に感じて、私はすぐに電話した。
 すると、私の前方でうろうろちょこちょこしていた子が、電話に出ている。それで確信した。
 やっぱりあの子がなぎさだったんだ。
 なぎさの元に行こうと一歩踏み出そうとした瞬間、彼女も私に気が付く。
「雪ちゃん!」
 私の名を呼び近付いてくるなぎさ。私も微笑む。
 可愛い子だ。そう思った。
 先刻からなぎさの様子を見ていたが(なぎさだと気付いてはいなかったが)、行動・仕草・身なりが可愛い。そして、声。声まで可愛いときた。
 私は声があまり高い方じゃなく「可愛い声」とは懸け離れているから、密かに可愛い声には憧れていた。
 あと、なぎさの笑顔だ。ニコニコしていて、そこに邪など微塵も感じない、純粋な笑顔。感じないというより、そこにそんなもの初めから存在しないのだろう。メールや手紙のやり取りをしている時から既に解っていた事だが、やっぱりなぎさは素敵な子だった。
「遅くなってごめんね! どこ行こうか?」
 笑顔でなぎさが尋ねてくる。笑う度に垂れる目が魅力的だ。
「少し駅の中見て回って、それからお昼食べに行こうか」
 私が提案すると、そうだね! と、なぎさが笑った。




 駅の中で、色んなお店を見て回った。
 昼前であった為、二人共お腹が空いていた。
「雪ちゃん、お昼はどうする?」
「お腹空いたし、食べに行こうか」
 そんな話をしながらウロウロしていた。
 私は市内の駅は初めて来たので、地理が全く解らない。
 丼物、ラーメン、お寿司……など、飲食店は何軒か通り過ぎたけれど、どれもピンと来ない。何か違う。
「雪ちゃんは洋食と和食、どっちがいい?」
 困り果てずっとウロウロしていたら、隣にいるなぎさが尋ねてきた。
「うーん、洋食かな」
 そう答えると、
「うん、雪ちゃんってそんな感じだね!」
 と言ってニコニコと笑っていた。
 本当に、凄く可愛い女の子。
 それから、「洋食ならあそこがいいかも知れない」そう言ってなぎさが選んだお店に入った。
 軽いランチも出来るみたいだし、店内も結構洒落ている。満席ではなかったが、ほぼ満席に近い状態で、店内はガヤガヤしていた。
 案内された席に着いて各々の食べたい物を注文する。




 運ばれた食事も、最後の一口となり、私はそれを咀嚼した。
 量が多くて食べ切れないのか次第にペースが落ちていたなぎさに、私は気付いていたが、然程気にしていなかった。
 なぎさは右手に持っていたフォークを静かに置くと、手を合わせた。
 その瞬間、私は瞠目する。
「神様、ごめんなさい……」
 なぎさはそう言った。小さな声だったが、私の耳にはしっかりと届いた。
 食べ切れない食事を残してしまう事に、罪悪感を感じているのだろう。――だとしても、なかなか出来る事じゃない。勿論、作ってくれた人に申し訳ないだとか、世界にはパン一つにさえ在り付けない人もいる、そんな風に考える事は出来る。だから食事を残す事に多少なりとも罪悪感を感じるものだろう。
 けれど、なぎさのように出来るか? と問われれば、答えは「ノー」だったろう。
 私はなぎさの行動・言動に感動しながらも、自分を恥じた。自分には決して思い付かなかった事。けれどこの瞬間に、「人としての在り方」を学んだ。人として素晴らしい子だ。育ちの良さがそこから伺える。
 私はなぎさと知り合えて友達になれて、心底良かったと思えた。








 外が暗くなる前に、家に到着した。
 自室に戻りすぐに部屋着に着替え、ベッドに寝転がる。
 今日は凄く楽しい時間を過ごせた。が、やはる疲れた。
 食事の後はカフェに行き、色んな事を語り合った。メールのやり取りをしていたとは言え、互いに知らない事ばかりだったので。
 カフェでゆっくり過ごした後は、カラオケに行った。なぎさは歌も上手で凄く感動した。曲の幅も広く、盛り上がる曲やしっとりとしたバラードなど。
 ……ただ、なぎさがとある歌を唄った時に、深い悲しみと、切なさで胸がいっぱいになった。泣きそうになった。
 失恋の、歌。
 美しくも悲しい歌詞と曲。
 それを聴いて私は――……。
「!」
 少し眠ろうと思考した瞬間、部屋の扉が開かれた。
「おかえり」
 私は上半身を起こしながら言った。
「うん、ただいま」
 夕海が仕事から帰ってきた。
「今日遅かったね」
 時計を見ると、通常の終業時間から二時間も経過していた。
「夜のバイトがさ、今日休んだんだよね。人がいないから手伝ってくれって店長に言われた」
 夕海は少々苛立ちを見せながら溜息をついた。
「昨日からわかってたら別にいいんだけど、休むって連絡があったのギリギリだったんだよ? 店長の話だと、割とそういう事あるみたい。前日か午前、最低でもお昼頃には連絡くれないと困るってぼやいてた」
「まぁ、そうだろうね」
 私は苦笑した。
「お姉ちゃんは残業殆どないよね」
「残業したくない一心で、仕事が凄く速いからね」
 なんて笑いながら答えると、夕海は呆れた顔でこちらを見た。
「――そういえば、なぎさって子と遊んだんだよね? どうだった?」
 仕事着から部屋着に着替え終えた夕海は、べたりと絨毯に座り込んだ。
「楽しかったよ。あと、凄く可愛い子だった。それに、あんなにいい子は、なかなかいない」
「へー! あたしは見た事ないけど、確かに性格はかなりいいよね」
 そう言って夕海は笑っていた。
 夕海も私がなぎさと出会ったSNSで一緒にやり取りをしている為、彼女の事は知っていた。なぎさも、夕海が私の妹だと知っているから、「夕海とも会ってみたいな」なんて言っていた。
「てか今日市内まで行って疲れたから、少し寝るね。起きたらまた詳しく話すよ」
 そう言って私は、夕海に背を向ける形で寝転がった。
「うん、わかった。おやすみ」
「おやすみ」
 そう言って私は目を閉じた。






 閉じていた目を、開けた。
 今日はなぎさと会って、久々に楽しい時間を過ごせた。
 同じ県にいるが、互いに多忙で、距離が離れている為なかなか会う事は出来ないだろう。
 でも、私達はずっと友達でいられる自信があった。出会って間もない筈なのに、私達の間には、信頼も尊敬もしっかりと存在したから。
 ふとまた、なぎさの唄った、あの失恋の歌が私の中に流れた。
 胸が締め付けられる。涙が零れそうだ。
 本当に眠ろう。
 私はまた目を閉じた。
 美しくて悲しい歌詞と曲。それを聴いて私は……思ったんだ。思って、しまったんだ。








 私の想いは。








 私の涙は。








 私の、全ては。








 あの美しくて悲しい歌のように。








 美しく、








 散るのだろう。








 ありがとう、って、








 美しく、








 終わるのだろう、








 と――……。
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