漆黒の黒般若
ほとんどの隊士がいなくなりがらんとした屯所は楠葉にとって動きやすかった



いつもはなかなか長く入れない風呂場に向かう



湯槽に浸かりながらボーッとする



沖田さんが目をさましたら病気のことはなんて言えばいいんだろう



いや、それ以前に本人に労咳だと言っていいのだろうか



“労咳”という単語がこの時代の人にどれほど影響をもたらすかは土方さん達の表情や動揺の仕方からなんとなくわかった



だからその張本人に言っていいものなのだろうか…?


「あたしには荷が重いな…」



楠葉はため息をつきながら風呂場を後にした



そのまま沖田さんのところに向かおうと廊下を歩いていると曲がり角で誰かにぶつかった



「う゛っ」


女子にあるまじき声をあげてしりもちをついた楠葉に手が差しのべられる


痛む腰を擦りながらその手を掴もうとした楠葉は、はっとしてその手を引っ込めた



まずいっ!


あたし風呂上りでまだ髪も結んでないし袴もはいてない



こんな格好、女だってバレる


とにかく、顔を見られないように逃げなきゃ


そう思い走り出そうとする楠葉の腕はつかまれてしまった



「ひやっ、は、離してっ!」


「おい、俺だよ。俺っ!」

「いいから、見逃して!」

「こっち向け楠葉っ!」


そう言われ無理矢理体を寄せられる


涙目で潤んだ視界の中彼には見覚えがあった



「小十郎…?」



目の前にいたのは小十郎だった


「なんでいるの…?」



やっと落ち着いた楠葉はポカンとしている



「俺は留守番だ。それよりお前その格好はまずいぞ?!とにかく俺の部屋にこい。今は誰もいねぇから」



「う、うん」



こうしてあたしはとりあえず小十郎の部屋へと向かった



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