春の頃に思いだして。

『この木の下に、あたしのご主人が眠っている。あたしはこの場を動くわけにはゆかない。だから、ここにいるのさ。幾百年――』


彼が前脚に抱えているのは、年季の入った日本人形だった。


「ほほう。ふくわじゅつとはこれいかに」

『何考えている。これは俺じゃない。リョーコだ』

「りょーこ? 良家の子女にはとても見えない。君が守る価値はあるのか? それにその、君の抱えているものはだな、普通の人間には手に負えない妖魅と言って――も、わからないか、とにかく危険な怪物だ。かつては人を喰って繁殖してきたんだぞ」

『そんなこと、あたしは知らない。おまえ嫌い、どけ、邪魔をするな』


魑魅魍魎と化した狐か、と彼女は脱力。


(九十九神になりかけた、人型に惹かれて、より憑いたか)

「つまらんのう……」

『だったら、失せろ。その方がいい』


やたら男前に、けだものが言った。
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