愛を待つ桜
「子供とは関係ない。そう言われるんだろうなって思ってたわ。なのに、DNA鑑定をしろって言うのよ。自分の子供なら、私から親権を取り上げるって。おかしいでしょ?」

「確かに……頭のネジがぶっ飛んでるようね。で、どうしたの?」

「世話にはなりたくなかったんだけど、仕事は欲しかったし、給料も良かったしね。それに、アレでも一流の弁護士じゃない? 本当に訴えられたら、子供を取り上げられるかも知れないって思って」

「法律上は無理なはずだけど。頭の良い馬鹿って始末に負えないから……。金があるのも厄介ね」

「そうなの。だから、いざとなったら奥さんやご両親を巻き込んで、マスコミを使ってでも抵抗してやるって思った。離婚してたなんて知らなかったし」

「当然ね! そのときは応援するわよ」


精一杯の夏海の笑顔に影が落ちる。


「もう遅いわ。だって、結婚しちゃったし。もし別れるとなったら親権は取られると思う。だから、愛されてなくても妻でいなきゃ」

「そんなっ! とんでもない馬鹿野郎だと思うけど、アイツは間違いなくあなたに惚れてるわ。それも理性を失くすほどにね」


その点だけは双葉は必死になって主張する。

だが、夏海は力なく首を振った。


「ふしだらだ、とか、身持ちが悪い、とか……何人もの男性とセックスしたと思ってるのよ。なんでか全然判らない。愛してたら、たとえ人から何か言われても、私の言葉を信じようとするでしょう? あの人は何にも信じてくれない。もう、諦めてる。悠のためだから、私ひとりじゃ何もしてあげられないもの」

「なっちゃんはどうなの? 一条くんのこと」


夏海はクッと唇を噛み締め、正面を向いた。


「好きよ……初めて逢ったときからずっと。愛してるわ。今は……幸せよ、妻になれて。ただ、いつかまた捨てられるんだろうな。でも、子供を奪われたら生きていけないなぁ」



それは、双葉の心を締め付けるほどの、哀しい愛の告白だった。


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