愛を待つ桜
胸に溜まった言葉が、堰を切ったように口から流れ出す。


「それって、どういうこと? ――ねえ、私は、一条くんは子供ができたことを知らなかったって聞いてるけど。ひょっとして、アイツ知ってたの?」

「誰の子だって言われたの。堕ろせって。お金を渡されて……もの凄く怖かった。子供のことを伝えるまでは、とっても優しかったのに」


まるで昨日のことのように、夏海の心に鮮明に甦る。


――誰がお前のような女と結婚などするものか。

聡はそう言って鬼のような形相で夏海を睨んだ。
忘れようとは思っている。
でも、どれだけ努力しても、忘れられる痛みではない。

なぜなら、聡が自らを守ろうと振り下ろした刃は、今も夏海の胸に刺さり、血を流し続けていた。


「何かの間違いだ。誤解してるだけだって、そう思いたかった。きっと、探して会いに来てくれるって。でも……臨月のときに、聡さんが結婚することを知ったの」


棒読みのような、抑揚のない声で夏海は話す。
真っ直ぐに中空を見据えた瞳から、見る見るうちに涙が溢れ……カップを持つ手を濡らした。


「なっちゃん。大丈夫?」

「え? ああ、大丈夫。ごめんなさい。つい、誰にも言えないし……」

「どうして!? ああ、もうっ! なんでそんな」


双葉は夏海の告白に驚き、まともな言葉も出ないようだ。

そんな彼女の様子に、夏海は落ち着きを取り戻してきた。
ハンカチを取り出し、急いで涙を拭う。


「子供が産まれたころはね、凄く辛くて、悲しくて……どうやって、聡さんの幸せな家庭を壊してやろうかって考えてた。でも、彼にそっくりな顔で、悠が笑いかけるの。もういいって思った。2度と会わない、忘れようって。だから、高村先生の事務所に聡さんが来たときは驚いたの何のって」

「2、3発ぶん殴ってやった?」


双葉は本気のようだが、夏海はクスクス笑って首を左右に振る。


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