愛を待つ桜
「新聞にも載っけたんだぞ。『全部許す。すぐ帰れ』ってな。親父もお袋も、休みごとに探し回ってさ。とんでもない親不孝娘だな」


兄の慎一は、苦笑交じりに夏海を叱った。


「ゴメン……新聞見る余裕もなくて」


夏海が家を出たとき、兄夫婦にはふたりの女の子がいたが、今年の1月に第3子・長男が産まれたとのこと。
「おめでとう!」と声を上げる夏海に、兄嫁の千奈美《ちなみ》は言葉を濁した。


「なっちゃんの戸籍に悠くんの名前が載ったでしょ? でも、住所は変更しないままだったから、元気でやってるのかどうかって。真人《まさと》を見るたびに、同じ孫なのにって、お義母さんも涙ぐんでいらっしゃるし」


それは、嫁の立場にはさぞかし気詰まりだっただろう。
夏海には謝ることしかできない。

しかし、そんな妻を兄は軽く睨んだ。
言葉にはしないが、余計な事は言うな、といった態度だ。千奈美はムッとした表情で、そそくさと部屋を出て行ってしまった。


「お兄ちゃん、私が悪いんだから……」


散々、心配や迷惑を掛けて、その上、兄夫婦の喧嘩の原因にまでなりたくはない。

そんな夏海の気遣いとは別に、兄の様子はどこか不自然だった。
夏海は嫌な予感を覚え、にわかに緊張する。


「なあ、お前……今、幸せか?」

「え? うん。幸せだよ」

「そうか……だったらいいよ。なあ、秋穂《あきほ》のこと、聞いたか?」

「お姉ちゃんのこと? 知らない。何かあったの?」


6歳上の姉・秋穂は5年前に名古屋の個人病院の院長と結婚した。
相手は22歳年上で再婚・先妻の子供ふたり・年老いた母親と同居ということもあり、両親は大反対だった。
それでも、夏海が家を出た3年前は、何も問題はなかったはずである。

姉妹の仲も悪くはなかった。
夏海と連絡が取れたことを知れば、姉から電話くらいはあるだろう。


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