愛を待つ桜
「秋穂な……医者と駆け落ちしたんだ」

「駆け落ち!?」


信じられない言葉に夏海の声は裏返った。


「亭主の病院に勤める外科医と、ダブル不倫ってやつかな。それで妊娠したんだと。亭主に離婚してくれって頼んだら、その外科医はクビにされて、2度と医者として働けなくしてやるって言われたらしい」

「……そんな」

「相手の男もな、女房と別れようとしたんだ。そしたら、秋穂を訴える、子供は堕ろせって怒鳴り込まれて……結局、ふたりで逃げたんだ」

「いつ?」

「去年の春かな。無事だって電話を1本寄越したきりだ。居所も判らない」

「子供、生まれたのかな?」

「ああ、多分な」

「じゃあ早く正式に離婚しないと、出生届も出せないんじゃない? 子供が無戸籍になっちゃうわ」


夏海の両親は秋穂の夫に離婚を頼んだらしい。
しかし、とても負担できないほどの慰謝料を要求され、諦めざるを得なかった。

そして不倫相手の妻は、「絶対に離婚しない」と譲らないという。


「秋穂は子供が欲しかったんだよ。宮田は前妻との間にふたりいるからもう要らないって言ったそうだ。バカな真似したよ、全く。お宅の娘さんたちはどうなってるんだ? って、親戚からも散々だったんだからな。せめてお前くらい、親父たちを安心させてやれよ」

「うん、判った。ごめんね、お兄ちゃん……千奈美さんにも、もう1度謝っといて」


夏海はとても「私もどうなるか判らない」とは言えなかった。


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