愛を待つ桜
そんな夏海に聡が与えた言葉……。


「言ったはずだ。2度とその手は食わん。――お前はすぐにマンションに帰れ。帰って荷物の整理でもするんだな」


夏海の心が最後に上げた悲鳴すら、聡には届かない。


「出て行けって言うの? だったら、悠も連れて行きます」


母親としての意地と愛情が萎えかけた夏海の心を奮い立たせる。

聡への愛情をリセットして、彼女は毅然として夫を見据えた。


「親権は法廷で争おう」

「それまでは母親に権利があるわ。あの子はまだ3歳にもなってないのよ」

「私には、子供の面倒を見るのに充分な人間を雇うことが可能だ。法的に悠は私の長男だ。身持ちの悪い無職の女に渡せるものか!」


それは、事実上の解雇通告であった。

再会した直後の、氷のような声と視線を思い出す。

堕胎を命じられ、金を投げつけられたときの恐怖が甦り、夏海は膝が震えた。


しかし、悠を失うわけにはいかない。その一念で聡を睨みつけた。


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