愛を待つ桜
「悠は……私の子供よ。あの子と一緒でなければあなたとは別れないわ。離婚には同意しません」

「いいだろう。だが、父も母もお前たちの関係に怒っている。この家からはすぐに出て行ってくれ。悠は、私がマンションに連れて帰る」


聡の言葉に夏海は迷った。
寝ている悠を無理矢理起こしたりすれば、母親としての思いやりに欠けると言われるだろう。
裁判で不利になる行為はできない。

だが、この状況で子供の傍を離れることは非常に不味い。
2度と子供に会わせるつもりがなかったとしたら? 第一、裁判で彼に勝つことは可能だろうか?


「判りました。でも、目が覚めて私が傍にいなかったことなんて1度もないの。あの子を泣かせたくないわ」

「私が……父親がいる」

「でも」

「くどいぞ。私に勝てると思うな。おとなしくマンションに戻るんだ。下手な真似をすれば、君が2度と子供に会うことはないだろう」


夏海の疑問に聡の意思は明らかとなった。

それ以上、戦う言葉がみつからない。


「判ったわ……でも、おやすみなさいぐらい、言ってもかまわないでしょう?」


悔しさと哀しさが綯い交ぜになり、夏海は震える声で懇願することしかできなかった。
聡はそんな妻から視線を逸らせ、無言でドアを開けたのである。


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