愛を待つ桜
安部の声援に笑顔で応え、夏海は所長室に向かう。

それでも、微妙な違和感は拭えない。面接なら呼びつけるのが普通ではないだろうか。

夏海は戸惑いながらドアをノックし、中に入る。


「失礼致します。お待たせ致しました。行政書士の織田です」


一礼して正面を向いたとき、彼女の視線は凍りついた。


窓から差し込む朝日を背に、ひとりの男が立っている。忘れたくても忘れられない男、一条聡、その人だった。


「随分久しぶりだな」

「何を……なさってるんですか」


悔しいが夏海の声は震えていた。

会いたくなかった。

この男にだけは、2度と、一生会いたくなかったのに。


「高崎所長の娘さんと、私の共同経営者である如月弁護士の妻は同級生なんだ。君の履歴書を見せられたときは驚いたよ」


なんたる偶然! 最悪だ。
何も、1万分の1で神様も引き合わせてくれなくてもいいのに。

夏海は頭の中で可能な限りの悪態を吐く。


「そ、うですか……。わざわざ、不採用を告げに来られたわけですね。ご苦労様です。では、お引取りください」


そう言うと夏海はドアのノブに手を掛けた。
しかし、聡が言い出したのは信じられない言葉だった。


「そうしたいところだが、司法文書を作成できる人間が辞めてね、人が居るんだ。君も急に仕事が無くなって困ってるんだろう? うちで」

「お断りします!」


聡の言葉を遮り、夏海は即答した。


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