愛を待つ桜
「なんだと!」

「あなたの元で仕事をするつもりはありません。どれだけ困っても、お断りします。お帰りください」


手にしたノブを回し、夏海はドアを開いた。
そのまま、聡が所長室から出て行くように無言で促す。


「なら裁判だな」

「は? どういうことです」

「君の長男だ。非嫡出で認知もされてない。あのとき、妊娠したと言っていた子供だろう。よくも勝手に産んでくれたな。父親は、私か匡の可能性もある。一条の血を引く子供を、君の手に委ねられるものか! DNA鑑定を要求する!」


心臓が早鐘を打つようだ。
まさか、子供を取り上げようとするとは思わなかった。
無関係を主張して、追い払われるとばかり思っていた。


「あの子は私の子供です。あなたには何の関係もないわ!」

「それが科学的に立証されれば問題はない。そうでなければ、いずれ君が子供の親権を盾に、財産を寄越せと言って来ないとも限らないからな」

「ふざけないで! 今までだってお金には困ってたわ。でも、どれだけ苦労しても、あなたのお金だけは1円も要らない! 鑑定は拒否します。裁判にしたければしなさいよ。高名な企業弁護士の一条先生が、結婚直前にひと回りも年下の小娘を妊娠させて捨てたって明らかになるだけよ。それでも良かったらどうぞ!」


3年前のように、聡の怒声に震えているわけにはいかなかった。

夏海は毅然と顔を上げ、正面から聡を睨みつける。

しかし、聡の瞳も揺るがない。
触れると火傷しそうな、ドライアイスのような眼差しで高い位置から夏海を見下ろした。
その奥には紛れもなく、侮蔑の感情が籠められている。


「金目当ての女に引っ掛かったのはこれが初めてじゃない。笑われるのは慣れてるさ。司法に携わる人間には相応しくない、君のふしだらな下半身も同時に明らかになる。私や匡の子でなかったら、君の犯した罪を子供が一生背負うことになるだけだ!」

「私の罪? あなたの罪は誰が背負うの!?」

「君のような女と関係した……その報いはすでに受けてるさ」


聡は夏海を睨み、吐き捨てるように言うのだった。


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