ランデヴー
そして、しばらくの沈黙の後――。


前田さんではない人の溜息が私の方にまで届いた。



「……だから。俺が誰とどこに行こうと関係ないだろ? ……もういい? 俺仕事残ってるし」


続いて聞こえてきた低い声の主はやはり倉橋君で、私は床に足が縫い付けられたかのようにピタリと動けなくなった。



倉橋君、前田さんから花火大会に誘われたのに断ったんだ……それなのに何故、私と行く気になったのだろう。


そんな疑問が頭に浮かんだが、前田さんに対するそっけない態度を見る限り、倉橋君が彼女に半ばうんざりしているのが感じられた。



「そんな言い方しないでよ……。私の気持ち、わかってるでしょ……?」


「は……? 何――」


「好きなの……私、倉橋君のことが……」


小さな衣擦れの音がして、2人が何をしているのかものすごく気になってしまうようなシチュエーションだった。


あぁ、なんて場面に出くわしてしまったんだろう……もう自分の間の悪さを呪うしかない。



とにかく私はその場を去らなくてはならないと思い、鉛のように重い足を無理矢理動かして静かに後ずさった。


トイレなんて後でいいや、と思いながら。
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