ランデヴー
だが忍び足で扉へ向かい、フロアに戻る為のカードキーをセンサーにかざそうと手を伸ばしたその瞬間。



「悪いけど……。俺、好きな女いるから。前田の気持ちには応えられない」


そんな声と共に、倉橋君がその場から出てくる気配がした。



ハッと振り返った視線の先で、こちらに向かって歩いて来る倉橋君と目が合う。


私の存在に気付き、大きくその瞳を見開いた倉橋君は、スッと驚いたように息を吸い込みその場に立ち止まった。



その途端、ピッと廊下に響き渡る解錠の音。


直後に「待ってよ!」と、後ろから倉橋君にぶつかるように抱きつく前田さん。


私は目の前で繰り広げられるそれらの情景を、ただ息を呑んで見つめていた。



見てはいけないものを見てしまったという罪悪感から、私はあからさまに視線を逸らして無言で扉を開けると、急いでフロア内に体を滑り込ませた。


そして、真っ直ぐ自販機へと向かう。


ボタンを押し、紙コップになみなみと注がれたお茶を取り出して、その場でグビッと一気に飲み干した。


とにかく私は、かなり動揺していたのだと思う。



再び自販機のボタンを押してお代わりをすると、取り出した紙コップを手に、ドキドキと逸る心臓を抑えながらデスクへと戻った。


私の胸の中には複雑な思いしか、浮かばなかった……。
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