ランデヴー
私は俯いたまま顔を上げることができないでいた。



倉橋君の言っていることは尤もで、10人いたら10人ともが口を揃えて言いそうな台詞だ。


その言葉に「わかった」と簡単に頷けるのならば、私はとっくに陽介とは別れてる。


それができないから苦しいのに……。



俯いて唇を噛み締める私を、ふわりと優しい温もりが包んだ。


もそもそと動いた倉橋君が、私を抱きしめたから。


それはさっきのような衝動的なものではなく、壊れものを扱うかのような優しい抱擁。



その温もりを決して嫌だと感じていない自分に、私は驚いていた。


今この瞬間、私の心が大きく揺らいでいるのを確かに感じる。



「俺とのこと、ちょっとでもいいから考えてみて」


倉橋君が吐息交じりに耳元でそう囁いた。


首筋をなぞるような空気の振動に、ぴくっと体が反応する。


そこで囁いていいのは、陽介だけなのに……。
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