絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「あぁ、まあな……最近ずっと悩んでて……」
「早く相談してくれれば良かったのに」
 香月はにこりと笑ってくれる。本当はその笑顔を抱きしめてみたい。
「今日は大丈夫なの? 赤ちゃん」
「いや、本当はちょっと気になってる」
 母親のことというよりは、子供が無事風呂に入れてもらっているのかどうかがさっきから気になって仕方なかった。
「飯、今度でいい?」
「えっ? 今度?」
「やっぱ、ちょっと気になるから」
 こんな不躾なセリフでもちゃんと香月はわかってくれる。
「うんいいよ、その方がいい。私も家帰ったらご飯あるかもしれないから」
「そうだったのか、悪いな」
 言いながら、既に車は香月の実家のマンションに向かわせようと、駐車場から出た。
「なんかさ、あの、あれなんだけど」
 すっきりしたと同時に、香月との時間が突然惜しくなる。
「何?」
「……」
 車は安全運転でどんどん終点に近づいてしまう。
「なにぃ?」
「いや、何言おうか忘れた」
「気になるなあ」
「……香月、悪い、ありがとうな。また今度飯奢る」
「うん、いつでもいいよ。しばらくは西野さんが忙しいだろうし」
「うん、まあな。ありがとう」
 マンションのエントランスに車は入っていく。東京マンションは都内でも有数のマンションだ。やっぱり、生きる道が違う。
「うん」
 香月はにっこり微笑むと車から降りた。
 そして、車の外で手を振り、中へ入ったのを確認してから発進させる。
 本当は、少しでも望みがあるのなら、「その子を引き取るから一緒に暮らさないか」と言ってみたかった。
 もし、そんなことが香月にお願いできたら、どんなに幸せだろう。
 彼女は柔らかい赤ん坊を抱き、微笑み、飽きることなく俺の腕の中で抱かれ、見つめてくれるのなら、それが、現実にあり得たとしたら。
 そこで少し考え直す。
 そんなお願い、どんな状況だって有りえない。
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