絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ

宮下の分岐点

「そろそろ半袖でもいいくらいですね」
「そうか?」
 宮下は西野の方をちらっと見る。
「え、いや、あ、そうか……宮下店長はいつも長袖でしたね」
「まあな」
 6月最初の木曜日。気温が温かくなり、客足がそろそろ増え始めた日の午後。
 西野がこれといった急ぎの用をしていなかったので、カウンターの中だが、コミュニケーションのつもりで宮下は続けた。
「西野のそのシャツはいつも誰がアイロンあててるんだ?」
「店ですよ。クリーニング屋。店に出してる奴がほとんどだと思いますけどね、時々自分って奴もいるけど」
「意外にも矢伊豆副店長は自分であててるそうだ」
「え―! 家事できるんだ……」
「家事ができる男の方がモテるのはいいことじゃないか」
「そうですかねえ」
 西野は少し納得いかない表情をしながらも、偶然横切った矢伊豆を眺めた。
「西野の家族はどんな感じだったっけ?」
「うちはルームシェアの大学生が2人と主婦と子供です」
「ふーん……え、奥さん、じゃないよな?」
「違いますよ(笑)。俺、扶養家族いないの知ってるじゃないですか」
「いや、あぁ、そうか……。子供ってどのくらいの年?」
「生まれたばっかりなんですよ、だから主婦もなりたてで家の中大変」
「そうかあ、父親はいないの?」
「そう、ワケアリで。だから時々俺が風呂入れるんスよ」
「へえ、いいじゃないか、なんか似合ってるよ」
「ゲ、それどんな意味ですか?」
「いや、西野は家族サービス旺盛なタイプな気がしたから(笑)」
「まあ……家族は大事にしたいと思うけど」
「大事なこと、大事なこと」
 独り身の自分が言うのもなんだが。
「けど、宮下店長みたいな一人暮らしいいですよね、皆憧れてますよ。高級マンションで一人のんびり」
「いや、でも家族が欲しいとは時々思うよ」
「へえー……」
 西野はその先を聞いてよいものかどうか迷っているのだろう。先が続かない。
「けど、香月みたいに、会社の人が家族だと……ちょっと大変な気はするけどな」
 あえて話題を変えてやる。
「なんか微妙に嫌だなあ……」
「うん、気を遣う」
「真籐さんなんか特にですよね(笑)。けどなんか料理とかしてくれるって言ってましたよ、休みの日は主婦してくれるみたいです」
「へえー、そうなのか……まあまだ、若いしな。料理くらいできるか……」
「年なんて関係ないですよ(笑)、なんか失敗してもめげずに頑張って作ってくれるような、そんなこと言ってたかなあ」
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