絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「へえええー、それはまた(笑)、そんな可愛らしい一面もあるんだ(笑)」
「みたいですね」
 真籐氏のことを香月から聞いたことはまだ一度しかなかったと思う。レイジと真籐が入れ替わりになったという報告だけ。そんな偶然もあるものだと驚いたが、真籐ならレイジよりは幾分か良いだろうと素直にそう思った。
「ところで」
 ちら、と一人の男の姿が見えたので仕事の話題に戻す。
 今その男の姿が見えなければ西野を売り場に戻すつもりだったが、最後にこの話題だけ。
「はい?」
「江角、最近どうだ?」
「江角……ですか、なんかこう、仕事してるのかしてないのか……どちらかといえばしてないんだと思うんですけど、ふらっといなくなってたりするんですよね、売ってることは売ってるんですけど。その度に呼び出されてすぐ姿見せたりするんですけどね。倉庫でサボってるのかなあ……」
「よくカウンターにいないか?」
「いやあ……そこまでは」
「売るときは売るんだがなあ……」
「はい、今年入ったにしては飲み込みはいい方だと思いますけど……」
「うーん、どうしたものか」
「イマイチさっぱりしませんね、なんかこう……信用できない、というか……」
「まあ、そう決めるには早いがな」
「……はい……」
 江角純一は経営の方面で大学院まで出てホームエレクトロニクスの本社を希望したがとりあえず店舗に配属された新入社員だ。4月から本店にいて、今のところ各コーナーを色々回らせて勉強させているが、予想以上に売り上げを作るときがあるので、そこのところはとりあえずできる男なのだと見ている。
 ところがなぜだが、時々いなくなる。どこかでさぼっているのだろうが、そのさぼり方が姑息で、多分、さぼっていると気づいているのは、数人だろう。副店長でも、違うコーナーの方は全く気づいていないと思う。
 年がいってから就職したせいと、本来の希望通りの場所に行けなかったせいで、多少気が病んでいることもあるのだろうが、「イマイチ、さっぱりしない」。さっきの西野のセリフはよく的を得ている。
「イマイチ、信用できない」
 そう決めるのはまだ早い。だが、十分に注意しておかなければいけないタイプである。
 そのタイプ別としては、まずは金。横領。ちょっとしたうまい伝票の操作ですぐにでも小銭ができる。しかも小額ならレジの釣銭渡し間違いとしてなかなか追及しないし、そのまま止めれば一時の学生の小遣いくらいにはなるだろう。
 そして女。主婦を寝取る。そういうケースはいくつもある。奴も外見はまあまあで、知的に見えるし実際そうなので、うまく口説けばコロッといくだろう。
 その、要素を生かして、売り上げもうまく伸ばしているんだと思う。ものは使いようだ。
 そう考え直して、一溜息ついたところで、売り場に行こうとしたら、後ろから呼び止められた。
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