純情、恋情、にぶんのいち!




本当に、こわかった。
まるで知らない人みたいだった。


「――ごめんね、チィちゃん」


それでも、いつも明るいヤス先輩が最後に見せた悲しそうな微笑みに胸がぎゅうっと締めつけられたのは、きっと恐怖のせいではなかった。


「千笑ちゃん……」

「……あ……とーごせんぱ、」

「……ごめん」


なぜかとーご先輩のほうがいまにも泣きそうな顔をしながら、わたしの手首を拘束していたネクタイを解いてくれる。

それをぐしゃりとポケットに突っこみ、それから、そっとわたしのカッターシャツに手を掛けた。


「…………っ、」


反射的に体が跳ねてしまう。

ぜんぜん、こわくないはずなのに。
相手はとーご先輩なのに。


「……おれのことも、怖い?」

「あ……ちが、」

「震えてる」


ためらいながら肩に触れた手のひらは、信じられないくらいあたたかかった。

視界がぐにゃりとゆがむ。
それが涙のせいだと認識する前に、もうそれは、頬に伝っていた。


「……千笑ちゃん、怖い思いさせてごめん」


どうしてとーご先輩が謝るのだろう。


肩にあった手が降りてきて、すっかり力の抜けた体を起き上がらせてくれる。

そのままその両腕で、体まるごとすっぽりと包みこまれる。


あったかくて、やわらかいにおいがした。

すごく、安心する。

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