真紅の世界

どうしてその声を思い出したのか分からない。
でも、不思議とこのことを聞かなくちゃいけないんじゃないかって思いに駆られたのだ。
聞いてもまた答えられないと言われるかもしれない。でも意を決して、私はおずおずと口を開いた。


「あのね、言っても分からないと思うんだけど」

「おっしゃって頂かないことには、私には判断することができません」

前置きをしたというのに、暗に早く続きを言えと促すクリフ。
それに少しだけ怯みながら、おずおずと続ける。


「いつも意識を失う時に、声が聞こえてくるの。男の人の声だってことは分かるけど、聞いたことのない声で。“我が名を呼べ”って、ただそれだけ」


そこで言葉を区切った私に相槌を打つでもなく、ただ真っ直ぐに私を見上げてくるクリフ。その様子は、無言で私に続きを言えと促しているみたいだった。


「でも、私にはその人が誰なのか分からないし、その人の名前も分からないから名前を呼ぶこともできない。その人の名前、クリフはわかる?」


そう訊ねた瞬間に、クリフはまん丸の目をにっこりと細めた。
やっとその質問を言ってくれた、とばかりに大きく頷いて、


「それは私のご主人様でもある、ユリウス様です」

と教えてくれた。
答えてくれる質問は、これだったらしい。

「……ユリウス? っていうかそれって誰?」


てっきり、そのユリウスっていう人のことなら答えてくれるかと思ったのに、何故かクリフはさっきまで緩んでいた頬を引き締めて、一瞬で笑みを消してしまった。


「それはお答えできません。 ただ言えるとするならば、サラ様を今の状況から助け出すことが出来る唯一の人物でしょう。 次にあの方にそう訊ねられたら、その名前を呼んでみてください。 きっと助けてくださいます」


答えられないと言いながらも、最後に教えてくれたのは、暗闇に射す一縷の小さな灯火。


「それって……」


続きを聞こうとしたのに、瞬きをした一瞬のうちにクリフは忽然と消えていた。
そして天井のない狭い空間にいたはずの私は、壁一面にある天井まで伸びた本棚の目の前に立っていた。

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