真紅の世界
さっきは確かにあったはずの木の扉も、綺麗に跡形もなくなっている。扉があった場所には、もとからそんなものなかったと知らしめるみたいに、本がびっしりと並んでいた。
「うそ……。さっきは確かに本棚じゃなくて、ここに扉があったはずなのに」
信じられなくて、扉があった場所の本を慌てて手当たり次第取り出してみる。けれど、その奥には白い壁があるだけだった。
「クリフ……?」
恐る恐る名前を呼んでみても、もちろん返事はない。さっきの出来事は私が見ていた白昼夢なのかと思えてしまうくらいに、一瞬であの扉も、部屋も、クリフも消えてしまった。
それでも確かに覚えている小人の名前と、教えて貰った名前。
「……ユリウス」
へたりとその場所に座り込んで、無意識に名前を呟いていた。
けれど、あの声が聞こえてくることはなかったし、何が起こるわけでもなかった。
ぼうっとその場に座っていた私を見つけたレティは、不思議な顔をしながらも昼食を食べようと誘ってくれた。
そんなレティに、さっきの出来事を何故か話す気になれなかった。
そのまま一日を過ごして、夕食を終えて部屋に戻っても、私はまだあの狭い空間にいるかのような、不思議な気持ちのまま抜け出せないでいた。