惑溺

え、家まで?

確かに、日記のように色々書き込んだ手帳。
出来れば少しでも早く手元に戻して安心したいけど。
さすがに知らない男の人の家まで取りに行くのは気が引ける。

「あの、じゃあ私そちらの家の近くまで行くんで、わかりやすい場所で待ち合わせしませんか?」

できれば家までなんて行きたくない。
そんな私の中の微かな警戒を見透かすように、電話の向こうの彼が静かに言った。

『今日は家で色々しないといけない事があって忙しいので、できれば家まで来てもらえると助かるんですが。
それに……』

そう言って、彼は言葉を一度区切ってく小さく笑う。

耳元で響いた、私をからかうようにくすりと吐き出された吐息。
それだけで、昨夜見た綺麗な口元が脳裏によみがえって勝手に鼓動が早まった。

『それに、そんなに警戒しなくても、部屋に来たからって何かしようなんて思ってませんよ』

「…………ッ!」

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