惑溺
 
私が珍しくお店に来たのは、今日が貸切営業だったから。
いつもは深夜まで営業する土曜日の夜。

『今日は日付を超える前に店を閉めるから、後片付け手伝いにこいよ』

なんて言われて閉店後の店に来てみたら、もうすっかり店内は片付き、リョウは最後のグラスを洗っている所だった。

「片付け手伝いにきたのに、私なにもする事ないね」

カウンターの一番端のスツールに腰かけながらそう言うと

「たまには店でふたりで飲むのもいいだろ」

リョウはきゅっと音を立てて布巾でグラスを拭きながらちらりと私の方を見る。

付き合ってからなんとなく気恥ずかしくて営業中の店に来ることのなかった私に気を使ってお店に呼んでくれたのかな。
なんて少しドキドキしながらグラスを片づけるリョウの後姿を見ていると

「何飲む?」

彼が振り返って私に聞いてきた。
< 421 / 507 >

この作品をシェア

pagetop