時は今
タクシーに乗っている間も忍の震えは止まらなかった。
(静和が──)
さっき、携帯で話したばかりだった。18時過ぎに迎えに来るからと。
心が現実を受け入れることを拒絶している。
(嘘だ…)
桜沢家の敷地内に差しかかる。森林公園を思わせる舗装された道は、忍を乗せたタクシー以外に車も人の気配もない。
──と。
タクシーがブレーキを踏んだ。忍はシートの間から前を見る。
「──何ですか?」
「車がふさいでいるんです」
運転手が困ったように言う。道の向こうに車が2台停まっているのが見えた。数人の男が降りてくる。
タクシーの運転手が窓を開け話しかけた。
「すみません。車動かしてもらえ…」
言葉は最後まで聞くことなく、途切れた。運転席に近づいた男の手に持った黒いものが運転手の頭を撃ち抜いていた。
「……あ」
忍は完全に精神を喪失した状態になる。
撃たれた。人が。
目の前で。
忍は男たちに車から引き摺り出された。
「揺葉忍だな?」
「……」
忍はカタカタと震えている。目の焦点が定まっていない。
「答えろ」
「──よせ」
男のひとりが手に持った写真と忍とを見比べる。
「こいつだ。連れて行け」
忍は歩き出したが、心が拒絶していた。叫んでいた。
(静和…)
…けて。
た す け て !
と。
いきなり、ゴウと風が強くなった。空が光る。雷。
ピシャァァアアァン!!
忍のすぐそばに雷は落ちた。男のひとりが倒れる。
「な…」
さらに落雷。
男達は動揺して、忍から手を離した。
忍の耳に声が聴こえた。
「走れ」
(え…)
静和だ。静和の声。
「忍、走れ」
忍は走り出した。男達が「待て」と追いかけるが、不思議と忍には追いつけない。
忍は何かに守られているようだった。