時は今
やがて邸が見えるというところまで差しかかり、警備服を着た男たちが忍の姿を見て駆けよってくる。
後ろからは追っ手。
忍は何を見ても信じられない恐怖心に支配されていた。
走れたのは──静和の声が聴こえたから。
何かに怯えているように自分たちから逃げようとする忍に、警備員たちは「何がありました?」と問いかけてくる。
忍は警戒心を解かない。
数人の警備員に取り囲まれ、俯いてしまった。
「忍ちゃん?」
女性の声がした。硝子だった。忍は顔をあげ、やっと安心出来る存在を見つけたように「…硝子さん」と呟く。
硝子は「静和くんの恋人よ」と彼らに説明する。彼らはそれで察して忍から離れた。
「雨に濡れてきたの?大丈夫?」
硝子は忍の肩を抱いて、ぽんぽんと優しく叩いてくれた。
「家の中に入って。とりあえず温まりなさい」
「……」
忍は言葉を発せなかった。
発するという意識さえ飛んでしまっていた。何も考えられない。
涙だけが、頬を滑り落ちて行った。
硝子は忍の気持ちをわかっているのか、それ以上は何も言わなかった。