時は今



 やがて邸が見えるというところまで差しかかり、警備服を着た男たちが忍の姿を見て駆けよってくる。

 後ろからは追っ手。

 忍は何を見ても信じられない恐怖心に支配されていた。

 走れたのは──静和の声が聴こえたから。

 何かに怯えているように自分たちから逃げようとする忍に、警備員たちは「何がありました?」と問いかけてくる。

 忍は警戒心を解かない。

 数人の警備員に取り囲まれ、俯いてしまった。





「忍ちゃん?」

 女性の声がした。硝子だった。忍は顔をあげ、やっと安心出来る存在を見つけたように「…硝子さん」と呟く。

 硝子は「静和くんの恋人よ」と彼らに説明する。彼らはそれで察して忍から離れた。

「雨に濡れてきたの?大丈夫?」

 硝子は忍の肩を抱いて、ぽんぽんと優しく叩いてくれた。

「家の中に入って。とりあえず温まりなさい」

「……」

 忍は言葉を発せなかった。

 発するという意識さえ飛んでしまっていた。何も考えられない。

 涙だけが、頬を滑り落ちて行った。

 硝子は忍の気持ちをわかっているのか、それ以上は何も言わなかった。



< 19 / 601 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop