時は今



 四季は由貴の手にある楽譜用の鞄を見て「何か聞きにきた?」と尋ねた。

「うん。譜読みでわからないのがある」

「どれ?」

「『月光』第1楽章のダブルシャープ」

「ああ、最初ダブルシャープとかダブルフラットは頭の中こんがらがるよね」

「調号に慣れてないから?移調に慣れてたら譜読み楽になる?」

「うん。実際に弾くのでも楽に移調出来るくらいになったら、弾いた時に『音が違う』ってすぐにわかるし、だいぶ楽になると思う。基礎はハノンだけ使ってる?」

「何かいいのある?」

「リトルピシュナ。移調に慣れたいならいいと思う。借りて行っていいよ」

 四季は立ち上がると、棚からそれを抜き取り、由貴に渡した。

 譜をめくってみる。

「へえ…。ピシュナってこんななんだ」

 最初の方はとても易しい譜になっている。これなら抵抗はなさそうだ。

「ハノンでマンネリになって来たら、ピシュナを入れてみるといいよ。腕の力を抜いてゆっくり弾いて、だいたい15分〜30分くらいでやめて。効果はあると思う」

「弾いてみていい?」

「どうぞ」

 由貴はお茶を一口飲むと、四季の部屋とピアノの部屋との仕切りになっているカーテンを開けた。

 四季の部屋はかなり広くとられている。

 ピアノがある部屋の向こうは、四季の妹がバレエの稽古に使う部屋になっていて、壁一枚の仕切りをなくすとさらに広いフロアとして使える。

 四季がピアノを弾いて、妹がそれに合わせて稽古が出来るという造りになっているのだ。

 防音になっている部屋でもあるし、音の響きもいいため、四季の部屋はピアノを弾きやすい。

 由貴はグランドピアノを開けるとリトルピシュナを弾き始めた。

 四季は寒いのか上着を羽織ってピアノの横の椅子に座り、聴きながら由貴の持ってきた楽譜を見はじめた。



< 48 / 601 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop