時は今



「…そんなことって」

『僕は、生きている人間に忍が今どうなっているのか、確認してもらう必要があると思いました。それは僕では出来ないのです。僕は既に生きている人間ではないのですから。それで忍のことが見えるかもしれない可能性のある人間がいるとしたら、あなたのような人ではないかと思いました。僕のような者の声を聴くことの出来る人なら、と』

 由貴は静和の語る言葉をゆっくり吟味する。

 話していることはそのまま受けとれば理解は出来る内容だ。

 が──普通現実的に起きることの範疇を軽く超えているようなものであることが、受容しづらい。

「端的に言えば、俺の目に揺葉忍さんという人が見えるかということで確認を取りたいということですか?」

『そういうことです』

「忍さんは今何処に?」

 桜沢静和を名乗る猫は、すっと首をめぐらせた。

 丘の上では最も大きな常緑樹、それに目を向ける。

『忍は、あの木の上で眠っています』

 木?木の上?

(確かにだいぶ普通じゃない)

 その言葉は呑み込んで、由貴は確認するために立ち上がり、歩き出した。

 静和もするりとしっぽを揺らしぴたりと由貴にくっついてきた。

 由貴は緑の生い茂る大きな木を見上げる。見上げて──息を飲んだ。

「…静和さん」

『見えますか?』

 人、が宙に浮いていた。

 枝が伸びて葉で覆われたその空間が、ひとつの部屋のようになっていた。

 浮いているのは、揺葉忍であろうその人と、ヴァイオリンと、楽譜と──。

 …こんなものを放っていていいのだろうか。

「……。どうしてこんな異様なことになっているんですか?」

 わずかに声を震わせて、由貴はそう訊いた。静和の方はそれでいくぶんほっとしたように言った。

『あなたには見えるんですね。…僕にも理由のすべてはわかりません。忍は生きているんですよね?』

 宙にいながら、横たわって眠っている揺葉忍の顔色は生気があった。

 由貴は肯定した。

「生きていると思います」



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